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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)4561号 判決 1964年6月29日

原告(反訴被告) 谷畑千代治

右訴訟代理人弁護士 杉本粂太郎

参加人(反訴原告) 神戸三四治

右訴訟代理人弁護士 松尾翼

上野高明

被告(脱退) 中島秀男

主文

参加人(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し、別紙第一目録記載の土地につき、所有権移転登記手続をせよ。

参加人(反訴原告)の請求は全部これを棄却する。

訴訟費用は、本訴、反訴を通じて参加人(反訴原告)の負担とする。

事実

本訴について、

第一、原告(反訴被告、以下単に「原告」と称す)の申立及び主張

(請求の趣旨)

主文第一、三項同旨の判決を求める。

(請求の原因)

一、原告は本件土地につき脱退被告との間で売買契約並びに地上権設定契約を締結した。

(イ)、契約年月日 昭和二六年四月二五日

(ロ)、脱退被告は代金三万九千円でこれを原告に売渡す。

(ハ)、右代金のうち、一万五千円は即日、残金のうちの一万五千円は同年同月末日までに支払うことにより原告は本件土地を使用する権利を取得する。

(ニ)、当時本件土地は物納土地で、直ちに払下げを受けた被告の所有名義に出来ない事情にあつたので、五ヶ月以内に原告が残代金九千円を支払い、その時に所有権移転登記手続をする。

(ホ)、原告は所有権取得までは地代名義で脱退被告に一ヶ月坪当り八円宛を支払う。

二、右契約に基き、原告は契約締結日及び同年四月末日にそれぞれ一万五千円、計三万円を支払い、約定の五ヶ月以内に九千円を現実に提供したが脱退被告がこれを拒絶し登記手続の猶予を乞うたのでそのままにしていたところ同被告は昭和三四年一二月二三日払下土地の保存登記をなした上昭和三六年一月一八日本件土地の分筆登記をなしたことが判明したので至急移転登記をなすよう交渉したが、同被告がこれに応じないので原告は同年四月二二日、残代金九千円を、弁済のため供託し、本件土地の所有権を取得した。

三、参加人は、右売買の事実、本訴が係属中であること、及び参加人の行為が原告の権利を害する可能性極めて大であることを熟知しながら、原告が権利の保全措置を講じていなかつたことを奇貨として、昭和三七年四月一八日脱退被告から本件土地を買受け即日所有権移転登記をうけた。

四、したがつて参加人はいわゆる害意ある第三者であるから、本件土地につき登記名義を有することをもつて原告の所有権に対抗することはできない。

仮りに然らずとするも、脱退被告、参加人間の売買は、原告に対する詐害の意図をもつてなされた通謀虚偽表示に基くものであつて、実質的には権利の移転を伴わず、したがつて代金の授受もない、いわゆる仮装売買であるから、かかる契約は無効であり、それに基く所有権移転登記手続もまた無効である。

五、よつて原告は参加人に対し、本件土地につき所有権移転登記手続をすることを求める。

(抗弁事実の認否)

一項は否認する。原告の使用権は地上権に基くものである。

二項の期間の経過により原告の本件土地を買受ける権利が消滅していたとの点は否認する。

第二、参加人の申立及び主張

(請求の趣旨に対する答弁)

原告の請求を棄却する。

(請求原因事実の認否)

一項の事実は否認する。

二項の三万円を受領したこと、原告が主張のように供託したこと、被告が原告主張の日に保存登記をしたことは認めるがその余は否認する。三万円は原告主張の土地について賃料一ヶ月坪当り八円でなされた賃貸借契約の権利金として受領したものである。

三項の、参加人が本件土地を買いうけ、所有権移転登記をうけた点及び係争中であることを知つていた点は認めその余は争う。

四項の通謀虚偽表示であるという点は否認し、その余の見解は争う。

(被告の仮定抗弁)

一、原告主張の売買契約がなされたとしても原告は本訴請求の直前まで賃料として毎月二四〇円を支払つて本件土地を使用していたものであるところ、右賃貸借契約の締結に際しては同年四月二五日より五ヶ月以内に九千円を脱退被告に支払つた場合は、本件土地の所有権を原告に移転しその旨の登記手続をなす旨の停止条件附売買契約を結んだもので、原告は右期間内に右九千円を支払わなかつた為、本件土地を買取る権利は条件不成就によつて消滅した。

したがつて右期間経過後である昭和三六年四月二二日原告によつてなされた供託は有効な弁済とは認められず、売買の効果も発生しないものである。

二、仮りに原告がその主張の如く前記供託により本件土地の所有権を取得したとしても、原告は所有権移転登記手続を経ていないので、脱退被告から買受けて而も登記を有する参加人の所有権に対抗することは出来ない。

反訴について、

第一、参加人の申立及び主張

(請求の趣旨)

原告は参加人に対して別紙第一目録記載の土地上にある別紙第二目録記載の建物を収去してその敷地を明渡し、かつ昭和三六年四月一日より同年八月二九日までの賃料金一一八四円四六銭および同年八月三〇日以降右土地明渡済に至るまで一ヶ月金二四〇円の割合による損害金を支払え。

訴訟費用は原告の負担とする。

仮執行の宣言を求める。

(請求の原因)

一、脱退被告は原告に対し、本件土地を次のとおりの約定で賃貸した。

(イ) 契約年月日 昭和二六年四月二五日

(ロ) 賃料    一月二四〇円

(ハ) 賃貸期間  定めなし

(ニ) 目的    建物所有

二、しかるに原告は本件土地が自己の所有に帰したと称して、三六年四月一日以降の賃料を支払わないので、脱退被告は原告に対し、昭和三六年八月二二日付、翌二三日到達の内容証明郵便をもつて、延滞賃料の催告並びに、催告書到達後一週間以内に支払わないときは契約の解除をするという趣旨の条件附解除の意思表示をしたところ、原告は右催右期間を徒過したので、本件賃貸借契約は同年八月三〇日終了した。

三、参加人は、資金繰りに悩む脱退被告の懇請により、昭和三七年四月一八日本件土地を代金一五〇万円で買受け、その所有権を取得した。

四、よつて参加人は所有権に基き原告に対し本件地上にある原告所有の建物を収去して本件土地を明渡し、かつ、昭和三六年四月一日より同年八月二九日までの賃料金一一八四円四六銭および同年八月三〇日以降本件土地明渡し済に至るまで一ヶ月金二四〇円の割合による賃料相当の損害金の支払いを求めるため反訴提起におよんだ。

反訴に対する原告の申立及び主張

(請求の趣旨に対する答弁)

参加人の請求を棄却する。

訴訟費用は参加人の負担とする。

(請求原因の認否)

一項中、毎月二四〇円を支払つていたことは認めるがその余の事実は否認する。原告は地上権設定契約により本件土地を使用しているものである。

二項中、内容証明郵便を受領したこと及び昭和三六年四月分以降の賃料(実質は利息)を支払つていないことは認め、その余は争う。

賃料は脱退被告が受領を拒絶したもので原告に不履行の責任はない。

三項は否認する。

(原告の抗弁)

一、参加人脱退被告間の売買は、通謀虚偽表示であるから無効であつて(理由は本訴請求原因事実を援用する)、参加人は本件土地の正当な所有権者ではないから、原告に対する反訴請求は失当である。

二、仮りに右一の事実が認められないとしても、原告には賃料不払の事実がないから参加人の請求は理由がない。

即ち、原告は、三六年四月末日、従前どおり賃料二四〇円を脱退被告方へ持参したところ、同被告は、原告の本訴提起のためかその受領を拒んだのである。

ついで同被告より内容証明郵便をもつて支払の催告をうけた際、直ちに(同月二四日か二五日)弁済のため同被告方を訪れ提供したが再び受領を拒否されたのである。

なお、原告は念のため三六年三月一日から三七年一一月三〇日までの地代を同被告に提供したが受領を拒否されたので右地代を供託したから、参加人主張の債務は既に消滅している。

(証拠)≪省略≫

理由

(本訴請求に対する判断)

昭和二六年四月二五日 原告、脱退被告間において

イ、原告は三万円を支払うことによつて本件土地の使用権(その性質については後述する。)を取得する。

ロ、地代として一ヶ月坪八円を支払う。

ハ、原告が五ヶ月以内に更に九千円を支払つた場合は、脱退被告は原告に対し本件土地の所有権を移転し、移転登記手続をする。

という趣旨の契約が締結されたこと及び原告が右契約に基き同年四月二五日一万五千円、同四月三〇日一万五千円、計三万円を脱退被告に弁済して本件土地使用権を取得したことについては当事者間に争いがない。

なお右土地使用権の性質については≪証拠省略≫によれば、甲第一号証の表題は土地賃貸契約書となつていること、地上権の登記のないこと、甲第一号証第一項には地上権という語があるがしかし地上権なる語は一般には借地権の意に用いられることの多いこと、及び原告脱退被告共に特に地上権と賃借権の語を区別して考えていなかつたこと等が認められるので、それは賃貸借契約に基くものと認めるのが相当である。

原告が昭和三六年四月二二日、本件土地の売買代金として九千円を弁済のため供託したことについては当事者間に争いがないが参加人は右供託は契約の有効期間経過後の弁済であるから売買の効力は生じない旨抗弁するのでこの点につき判断する。

原告脱退被告間に締結された所有権移転の契約の性質は、≪証拠省略≫によれば、本件契約は立退きを迫られていた原告が訴外佐々木の斡旋で住宅を建築する目的でなされたもので、当時資金に乏しかつた原告は直ちに売買代金の金額を支払えなかつたので、取敢えず賃貸借契約をなした上、残代金を後日支払えば本件土地の所有権の移転を受ける趣旨でなされ、一方脱退被告は払下を受けた本件土地を自ら使用する必要がなかつたので、前記佐々木の斡旋により代金の一部とも権利金とも区別せず先ず右三万円を受取り本件土地を原告に貸与し、後日九千円を受取れば所有権を移転する旨を約したものであること、五ヶ月の期間は当時直ちに脱退被告に所有権取得の登記をなし難い事情もあり、九千円の支払のための一応の期間として定められたにすぎず、右期間を経過することにより所有権移転の契約が失効する趣旨のものではなかつたことを認めることができ、右認定に反する証人佐々木の証言、脱退被告本人尋問の結果は措信せず他に右認定を覆すに足る証拠はない。右認定事実よりみると、右契約は原告が予約完結権をもついわゆる売買一方の予約形式を採用したものであつて、完結権の行使期間は一応契約の締結の日から五ヶ月、完結権の行使には代金の提供を要すという内容の契約と解するのが相当である。

ところで≪証拠省略≫によれば、約定の昭和二六年九月二五日までの間に、正確な月日は判明しないが、原告本人及び原告の妻キヌが、それぞれ残金九千円を脱退被告方に持参して支払う旨述べたが、その際脱退被告は「しばらく待つてほしい」という趣旨のことをのべて受領を拒否したので法律知識に乏しい原告は毎月の地代額を支払えばよいと考えそのままに放置していたこと、当時同被告はまだ登記名義を有していなかつたので自己の債務を直ちに履行することができず、そのため原告からの弁済を受領し難い事情にあり、昭和三四年一二月二三日になつて漸く同被告名義に所有権取得の登記がなされたことが認められ、以上の事実によれば、原告は契約所定の期間内に適法な弁済の提供をしたものと認められるから遅滞の責を負う理由はないものというべきである。

もつとも脱退被告はその第一回本人尋問において原告及び原告の妻よりの金九千円の提供を否定する趣旨の供述をしているが、同被告の供述は矛盾するところが多く、証人谷畑キヌコの証言、原告本人尋問の結果に比して、この点に関する供述についても信用性が乏しいため採用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

なお≪証拠省略≫によると、原告は昭和二六年九月後も、少くとも数回脱退被告に残金九千円を支払う旨述べたが依然としてこれを受領しないので、そのままにしていたところおそくとも昭和三五年末頃になり、訴外佐々木を介して本件土地の代金の値上の要求があり、驚いた原告は調査の結果既に同被告名義に登記されていることを知り、慌てて昭和三六年四月二二日に九千円を供託する(右事実は当事者間に争ない)と同時に同月二四日本訴を提起するに至つたことを認めることができる。

以上認定事実より見ると、原告はおそくとも昭和三六年四月二二日に売買代金を供託して自己の債務を履行すると共に予約完結の意思を表示したものと見るべく、本件土地の所有権は脱退被告の承諾をまたずして、原告に移転し、原告が所有権者となつたと解するのが相当で、前認定の約定の五ヶ月を経過したことも前認定の事情にある本件では右認定を左右するに足らないものと考える。

次に右理由により認定された原告の所有権が参加人に対し、対抗力を有するか否かにつき判断する。

参加人が脱退被告より昭和三七年四月一八日、売買を理由として本件土地の移転登記手続をうけたこと、当時既に本訴が係属中であつたこと及び参加人がその事実を知つていたことについてはいずれも当事者間に争いがない。

以上の事実に≪証拠省略≫に弁論の全趣旨参加人の本件訴訟参加の経緯を総合すれば参加人はかねてより不動産業に従事していてこの種の問題に通暁している者であつて、本件土地の売買契約は原告脱退被告間の争の実情を熟知していたのみならず、自己に登記名義を移すことによつて原告の権利を害する可能性が極めて大であることを知りながらあえて売買契約を締結し、移転登記手続を了したことが認められる。

しかも参加人は、脱退被告が資金繰りに困つたあげく、本件土地の買受方を要請してきたので代金一五〇万円で買受けた旨主張するが、脱退被告の第二回本人尋問の結果によれば、右売買契約は訴外佐々木栄が同被告に代つて一切を処理したもので同被告は参加人と本件土地の売買につき直接交渉したことなく、又代金の授受をしたこともなく(反対の供述もみられるが)、参加人に対する借金の弁済のために右売買名義により参加人に所有権移転の登記をなした旨の供述があることよりみても、純然たる売買契約でないことは明らかである。

ところで参加人は登記名義を有する一事をもつて自己の所有権の優先することを主張するものであるが、民法第一七七条の法意は、個々の取引関係の安全を図るにあること、及び同条に所謂第三者とは登記の欠缺を主張するについて正当の利益を有する者を指称するものと解すべきことは既に判例によつて確立されたところであつて、これを本件についてみるに、職業柄この種法律関係に明るい参加人は、自己に所有権移転登記を移すことによつて原否の権利を害することあるを知悉していたのみならず、既に原告が脱退被告に対して、所有権移転登記手続を請求して訴を提起していることを知りながら、仮処分手続等保全の措置をとらなかつたという原告側の手続上の懈怠を利用して所有権を取得したものと推認できるから、単なる二重譲受人とは類を異にし、同法条に定める第三者には該当しないものと解するのが相当であつて、この点に関する参加人の抗弁は排斥を免れない。

以上の理由により原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容する。

(反訴請求に対する判断)

既に本訴につき判断したとおりの理由によつて本件土地の所有権がおそくとも昭和三六年四月二二日原告に移転したこと、及び原告の所有権が参加人のそれに優先することが明らかになつた以上参加人の所有権に基く家屋収去、土地明渡の請求は、爾余の点につき判断するまでもなく理由がないこと明白であつて棄却を免れない。

参加人請求の本件土地の賃料及び賃料相当額の損害金についても右同様の理由により三六年四月二三日以降の分については原告に支払義務はなく、未だ賃貸借契約の存続していた三六年四月分(但し二二日まで)については、参加人が所有権取得前の分については賃料債権譲受の主張立証もないので参加人の右請求も失当といわねばならない。

以上の理由により参加人の反訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却する。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一)

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